2014年10月21日火曜日

千曲川旅情の歌 (島崎藤村)

№0156
小諸なる古城のほとり

小諸なる古城のほとり

雲白く遊子悲しむ

緑なす繁蔞は萌えず

若草も藉くによしなし

しろがねの衾の岡辺

日に溶けて淡雪流る


あたゝかき光はあれど

野に満つる香も知らず

浅くのみ春は霞みて

麦の色はつかに青し

旅人の群はいくつか

畠中の道を急ぎぬ


暮れ行けば浅間も見えず

歌哀し佐久の草笛

千曲川いざよふ波の

岸近き宿にのぼりつ

濁り酒濁れる飲みて

草枕しばし慰む


 千曲川のほとりにて

昨日またかくてありけり

今日もまたかくてありなむ

この命なにを齷齪

明日をのみ思ひわづらふ


いくたびか栄枯の夢の

消え残る谷に下りて

河波のいざよふ見れば

砂まじり水巻き帰る


嗚呼古城なにをか語り

岸の波なにをか答ふ

過し世を静かに思へ

百年もきのふのごとし


千曲川柳霞みて

春浅く水流れたり

たゞひとり岩をめぐりて

この岸に愁を繋ぐ






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