2014年9月18日木曜日

「本音」と「建前」のボーダーが失われるとき

№0122
わかってはいるんだけれど、たとえ波長が合わなかったり、虫が好かなかったり

する相手とも、表面上はうまく付き合っていかねばならないのが大人の世界だと

思う。こちらが胸襟を開いて話そうと思っても慇懃無礼に拒絶されるのもまた

やむを得ないことだろう。でも、ソーシャルメディア()全盛の今だからこそ、その

裏があからさまに見えてしまうことがある。ブログやツイッターの炎上などはその

最たるものだろうが、そこまでいかなくても、自分が好きでない相手方の誘いは

体よく断って、好きな相手と落ち合う様が、元からバレバレだったりすると流石

にひいてしまう。最近それをやられた。知りたくなくても全部わかってしまう。自

分の書いたタイムラインのコメントで筒抜けなんだもの。

思えば、来るものは拒まず、どんどん参加して欲しいとかいう建前でありながら、

特定のグループが主導権を握り、結託し、その輪に入れないもの、従属しない

者の居場所はないというケースはままある。こちらも知らない相手ではないから

とFB承認申請をしても、完全放置を決め込まれたのも一度や二度ではない。

その癖、別の参加者(特に女性)が新規登録すると、自分から速攻で承認申請

してちゃっかり「友達」になっている。いや、自分の人望の無さだとは思う。単なる

僻みだとも思う。でも、彼らは何らかの尺度で囲い込みをしているのである。こ

ちらからアプローチする度、見下されている屈辱感を味わわねばないなら、気軽

に声掛けは出来ない。

人間も動物である以上、派閥が出来るのは自然の摂理で、それを一概に否定は

出来ないが、度を越して閉じた集団に未来はないと思う(学生時代の同窓会から

サークルから、過去、現在の勤務先に至るまでを思い返してみる)。少なくとも

自分が中心人物となれた機会に、門外漢の締め出し的なことはしてこなかった

という自負はある。そんなことをしても、巡り巡って己が井の中の蛙になるだけ

だからである。

なので、狭量な世界観で自分にとってのみ居心地がいい世界を作ろうとする輩

や、昔の付き合いもどこ吹く風で、旗色を見て?手のひら返しをする裏切り者

(最初は向こうから擦り寄ってきておいて、さんざ世話になっておきながら、今は

完全無視を決め込む某●●複数人についてはこう断言させてもらう)には心底

憤りを覚える。見て見ぬふりを決め込む者らもこれに同じ。更には、私のことを

知りもしない癖に、上へ習えで日々無礼千万の振る舞いを繰り返している若造

共(若さと要領の良さはあれど、魂が抜けた何かしら人の形をしたもの)も同罪

である。世の中は、一時の潮流が永劫に続くものではない。潮目が変わった時

に乗り換えを目論んでももう遅いのだ。身に覚えのある者は覚悟されたい。



なんとはなしにJOJOシリーズで一番好きな主人公、、私の敬愛してやまないジョセフ・ジョースター

名言を独りごちる。


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