2014年12月3日水曜日

憎しみの波濤を超えろ(君よ憤怒の河を渡れ)

№199
別次元に立ちたい。超然とありたい。

悪逆非道な屑共に負けない強靭な力を持ちたい。

どん底まで落とされたなら、そこから反転攻勢をかけたい。

そんな祈りにも似た気持ちで、何かに縋るように、煉獄の毎日を過ごしている。

理不尽な憎しみを、悪意を隠しもせずにぶつけてくる者、視界にないかのように

振る舞う者、空々しい話題を振って腫物のように扱う者、ある意味私は「特別待遇

だ。理解の範疇を超えた「事実」の積み重ねがそこにある。

もしかしたら二週間後、何かが変わるかもしれない。変わらないかもしれない。

新年度からかもしれない。来年7月頃かもしれない。今は何も「わからない


苦しいこともあるだろう 言いたいこともあるだろう 不満なこともあるだろう

腹の立つこともあるだろう 泣きたいこともあるだろう

これらをじっとこらえてゆくのが男の修行である」 


連合艦隊司令長官 山本五十六




恩師からの手紙

№198

思いがけず小学校時代の担任の先生から誕生祝をいただいた。

精神的には袋小路に追い詰められている毎日なので、このような予期せぬご厚意が、

身に染みてとても嬉しい。

今少しくじけずに努力をしてみようと思う。

先生、どうもありがとうございました。

2014年12月2日火曜日

ぼくが電話をかけている場所/Where I'm Calling From

№197

レイモンド・カーヴァー著/村上 春樹訳


・ダンスしないか?(Why Don’t You Dance?)

・出かけるって女たちに言ってくるよ(Tell The Women We’ Going)

・大聖堂(Cathedral)

・菓子袋(Sacks)

・あなたお医者さま?(Are You A Doctor?)

・ぼくが電話をかけている場所(Where I’m Calling From)

・足もとに流れる深い川(So Much Water So Close To Home)

・何もかもが彼にくっついていた(Everything Stuck To Him)


2014年11月30日日曜日

絵を描こう

№196

このブログを始めて半年余り。ブログ自体も初挑戦だったが、手探りで今日まで

書いてきた。一応文章自体は私のものだが、画像、音声、動画とかはよそ様からの

借り物ばかりだった。クリエイティブな才覚にもモチベーションにも欠ける私なので

今後もこの基本は変わらないのかもしれないが、せめてもの試みとして、ネット上に

ある素材を使って絵を描いてみようと思う。0からのスタートで思うのは、下書きと

上書き、彩色の各過程でスキャンして、経緯がわかるようにアップロードするのが

筋なのだろうが、何分そういう細やかさに欠ける性格なので、そういうふうに事を

運べるかどうか自信がない。今日本屋で立ち読みしたIllustrator関連の書籍で

レイヤーだとか彩色だとか、アナログ時代だと(大きめの)文房具屋とか画材屋で

買ったスクリーントーンを手作業で貼り付ける作業とかも全部デジタル化されて

いることに驚嘆した。とりあえずはフリーソフトで、有名どころの模写から始めて

いきたい。

【12月9日追記】

フリーソフトをDLしてマウスで練習してみたけれど、とても人にお見せ出来るもの

にはならなかった。手描きしたものをスキャナで読み込むのがいいのか思案中。






「観ずに描く」「見て描く」

2014年11月29日土曜日

死生観と審美眼

№195

私の大学時代のバイト先の社長Tさんから、「大事にすべき価値観」として受けた

言葉だ。この人からは色々と影響を受けた。

でも、最低時給で働いている身からしたら、代々の先輩方への謝恩として慣例だった

「卒業間際のフランス料理ご招待」を反故にされた恨みは今も残る。もっとも、会社が

傾きかけてそれどころじゃなかったのかもしれない。現に私が卒業した数年後には

伝統あるそのレコード店は閉店してしまったそうだから。

社長だったTさん、古参社員のHさん、Sさん、お元気でおられるだろうか。

善人を 気取りし悪の 吹き溜まり

№194
四方八方、概ね9割方邪悪な敵に取り囲まれて孤立無援でいる。

見事なまでの村八分だ。

大っぴらに私自身の主義主張を喧伝した記憶はないが、それが理由ならば尚の

こと、信念を曲げるわけにはいかない。

元々先輩に対しては欠片も敬意を払ったこともないくせに、後輩には呼び捨てで

怒鳴り威張り散らすヨゴレのN、挨拶ひとつまともにしないK、以前は親しげに

話しかけてきたのに、某フィクサー()の号令の下、完全無視を決め込むT、M、H

ほか多くの小物共。

本来己の帰すべき場所が、決して理解しあえることのない悪の巣窟だった失望

感は際限がない。だがへこたれない。いつか反転攻勢できる機会を得て、今は

ひたすら臥薪嘗胆する。しかし本当に苦い時間の連続だ。



12/19追記
全社的にというだけだけじゃない。
同業他社のチャラい青二才共も同様の不遜極まりない振る舞い。
周知指導が徹底しているようだ。

2014年11月27日木曜日

RX-193

№193

とZZで完全に打ちのめされて再起不能になったティーンエイジャーのアニメファン

というかモデラーもどき(平たく言えばオタク)だった私も、大学入学を機に?更生し、

そちら系統とは完全に縁が切れたかに思えた。大学1年の時に同じ下宿だった

同級生(見た目は普通というかむしろ小洒落た今風の若者だった)から、意外にも

「今度ガンダムの新作映画があるんだぜ」と、やや興奮気味に話された時は、少し

反応に困った。別に隠していたわけではないけれど、当時は、80年代前半から

始まった日本サンライズを中心としたリアルロボットアニメブームも完全に下火に

なっており、私の友人達の話題の中心は、洋服であったり、美味しい店であったり

バイクの話だとか、定期試験やレポートの情報交換であったり、合コンの話だった

りと、過去を振り返る余地などなかったからだ。

ただ、その時、私が直感で彼に返した言葉は「安彦さんが描いてない訳のわからな

いオールバック(デザイン北爪某)、こんなのはシャアじゃない」というニュアンス

のものだったと記憶している。

基本的には今もその思いは変わらない。「逆襲のシャア」を傑作とみるか駄作と

言い切ってしまうか、評価は人それぞれだろうけれど、公開時は上記のような理由

でスルーしつつ、しばらくして出されたレンタルビデオを借りて観た時、私は劇場

まで足を運ばなかった自分の判断が正しかったと自負したのだった。でももし仮に

キャラデザとか作画が安彦良和氏だったら二念なく行っていただろう。力技の物語

展開とZに引けを取らない電波ゆんゆんのキャラクターたち、無意味な死の連続、

理解不能なラスト。一回観ただけでお腹一杯だった。

ただ、Z、ZZからの流れを汲む話というのが、アクシズという一つでかい繋がり

があって、もう一つの主役であるMSも、MK-2→Zの新旧交代したのが、再度

リガズィ→νと立場が逆転しているあたりは面白さがあった。同様のことが、ホビー

ハイザックとかGMⅢにも言える。

でも私をガンプラの世界に引き戻すきっかけとなったのは、この後でガンダム初の

OVAとして発売された「ポケットの中の戦争」だった。

タイトルのνガンダムは、微妙...だけどフィンファンネルのお蔭で一応主役なり

のキャラ立ちはしていたと思う。ただ、相方のサザビーもだけどUC79当時からすると

恐竜的に巨大化していて(サイコガンダムは論外として)、それが、続くF91とか

での小型化という揺り返しの流れを作った一因なのかなと。プラモデルでUC二桁

台のMSと同スケールで並べた時の違和感も凄いが、こういう迷走もある意味

時代の流れだったのかもしれない。





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