「廃線」とはまた違った悲しい響きを持つ言葉だ。定義は様々あれど「流産」の印象が強い。
産まれるはずが、諸般の事情で叶わなかった「まつろわぬもの(?)」といったところか。
2016年4月30日土曜日
ヒューイ・デューイ・ルーイ / Huey・Dewey・Louie
私にとってのそれは、某D社のアヒルトリオではなく、同型のドロイド三体である。
もっとも、少年時代に愛読していた月刊ホビージャパン誌に作例が載って、併せて映画も紹介されたのが契機だが、残念ながら(?)映画は未見だ。おそらくこれからも積極的に自分から鑑賞に動くことはないのだろうなと思う。と、ここまで記憶の糸を辿りつつググりながら書いてきたが「サイレント・ランニング」と「ソイレントグリーン」を混同していることに気付いた。
サイレント・ランニング
Silent Running
ソイレントグリーン
Soylent Green
ミドリ亀
自分達の幼少期は、何らかの小動物は、ペットショップなどに行かずとも大体手に入っていた(種類
さえ選ばなければ)。
テントウムシ、セミ、トンボ、ゲンゴロウ、タガメ、コガネムシ、クワガタ、カブトムシ(は貴重だった)
などの昆虫類、メダカ、ハヤ(ウグイ)、フナ、コイ、ドンコなどの魚類、カエル、イモリなどの両生類、
ヤモリ、ゼニガメなどの爬虫類(流石に蛇を飼う気にはなれなかったがよく家の中にもアオダイショウや
ヤマカガシが入り込んでいた。草むらではマムシにもよく出くわしたものだ。
ミドリ亀は、今は伝染病の媒介などの話が広まったせいか廃れたようにも思うが、デパートの屋上
等
で扱われる定番の商品だったと思う。大き目の野生の?亀に比べてコンパクトなこと、カラーリングが
ビビットだったことなどが幼心に訴求するものがあったのかもしれない。
友人やいとこが飼っているのを見た覚えはあるが、自分では飼った記憶はない。
さえ選ばなければ)。
テントウムシ、セミ、トンボ、ゲンゴロウ、タガメ、コガネムシ、クワガタ、カブトムシ(は貴重だった)
などの昆虫類、メダカ、ハヤ(ウグイ)、フナ、コイ、ドンコなどの魚類、カエル、イモリなどの両生類、
ヤモリ、ゼニガメなどの爬虫類(流石に蛇を飼う気にはなれなかったがよく家の中にもアオダイショウや
ヤマカガシが入り込んでいた。草むらではマムシにもよく出くわしたものだ。
ミドリ亀は、今は伝染病の媒介などの話が広まったせいか廃れたようにも思うが、デパートの屋上
等
で扱われる定番の商品だったと思う。大き目の野生の?亀に比べてコンパクトなこと、カラーリングが
ビビットだったことなどが幼心に訴求するものがあったのかもしれない。
友人やいとこが飼っているのを見た覚えはあるが、自分では飼った記憶はない。
雌鶏たち
小学校低学年の頃、父が養鶏場から一羽200円で10羽のひよこを買ってきた。
全て雌だった。ダンボール箱に裸電球を暖房にした家を作ってやり、成長の過程で父は裏庭に
大きな鳥小屋を作った。そう、物置小屋くらいある大きな鳥小屋だ。
その中で雌鳥たちはすくすくと育った。父が休日に畑仕事をする際などは、庭に開放され、思うように
雑草や蚯蚓を食べていた。成鳥になってからは一羽あたり1日最低でも1個、多い時には2個の卵を
産んだ。それで食卓にはスーパーのものとは比較にならない美味な卵料理が並び、これを
口にすることが出来た。
途中、弟か妹が縁日で三羽のカラーひよこ(雄)を買ってきてそれも成鳥まで育てたのだが、父が
有精卵を期待してか先輩格の雌鳥10羽と同じ鶏舎に入れたところ、さんざん苛められたのと、雄の性として
早朝の「とき」の声をけたたましくあげはじめたため、業者に引き取ってもらった。恐らくは〆られたのであろう。
その後雌鳥たちは野犬やイタチに襲われたり、癌にかかったりして(父に動物病院に連れて行ってもらった
がダメだった。獣医は、そもそも鶏を連れて来られたのは初めてだとのことを言っていたようだが
さもありなん。)櫛の歯が抜けるように少しずつ減っていったが、潰す(おそらく父はそれを何度も考えた
ことだろうが)こともなく最後まで看取ってやれたのではなかったかと思う(?
もし今後鶏などの家畜を飼う場合避けては通れないだろうが、その時にそれをやりきる自身はない。
全て雌だった。ダンボール箱に裸電球を暖房にした家を作ってやり、成長の過程で父は裏庭に
大きな鳥小屋を作った。そう、物置小屋くらいある大きな鳥小屋だ。
その中で雌鳥たちはすくすくと育った。父が休日に畑仕事をする際などは、庭に開放され、思うように
雑草や蚯蚓を食べていた。成鳥になってからは一羽あたり1日最低でも1個、多い時には2個の卵を
産んだ。それで食卓にはスーパーのものとは比較にならない美味な卵料理が並び、これを
口にすることが出来た。
途中、弟か妹が縁日で三羽のカラーひよこ(雄)を買ってきてそれも成鳥まで育てたのだが、父が
有精卵を期待してか先輩格の雌鳥10羽と同じ鶏舎に入れたところ、さんざん苛められたのと、雄の性として
早朝の「とき」の声をけたたましくあげはじめたため、業者に引き取ってもらった。恐らくは〆られたのであろう。
その後雌鳥たちは野犬やイタチに襲われたり、癌にかかったりして(父に動物病院に連れて行ってもらった
がダメだった。獣医は、そもそも鶏を連れて来られたのは初めてだとのことを言っていたようだが
さもありなん。)櫛の歯が抜けるように少しずつ減っていったが、潰す(おそらく父はそれを何度も考えた
ことだろうが)こともなく最後まで看取ってやれたのではなかったかと思う(?
もし今後鶏などの家畜を飼う場合避けては通れないだろうが、その時にそれをやりきる自身はない。
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